スペイン語と南米との出会い

私とスペイン語、南米との出会いは結構不純でいい加減なものです。

小さいころにスペイン語に触れたわけでもなく、留学もしたことがなかった。
小中高と群馬の公立学校に通い、一浪してなんとか都内の大学に入学した。
それも語学とは関係ない経営学。英語の「テスト」は得意だったが、別に好きではなかった。

大学の第二外国語はとりあえずドイツ語を選択したが、面白くもなく授業から早速脱線し、再履修。
当時は、「語学なんか勉強しに来たんじゃない。経営とか会計をやりに来たんだ!」と半ば八つ当たりのように言っていた気がする。

4年間で特に得るものもなく、プラントエンジニアリング会社の会計人材採用で滑り込んだ。経理スタッフって恐ろしくつまらないな、と思い込んで腐り気味だったのを当時の経理部長がみていたようで、

「海外調達部に行ってくれないか?そちらのほうが君の能力を生かせるかも。」

と、テイのいい戦力外通告を受けて海外調達部に行くことになりました。
ここが大きな人生の転換点だったと思う。
もともと人と話すのが好きなほうだったので、サプライヤーと仕様や価格交渉をするのがとても面白く、なおかつ経理部で身につけた執拗なまでの細かさが海外調達部で生きました。

語学の勉強もさせられた。日中は会社で仕事しているので、とにかく最短距離で英語を習得できる自分に合った方法を探し、睡眠学習、などど夜にイヤホンして英文を聞いたりなど、血迷ったことまで試したりしました。

結論としては、「学問に王道なし」ということで、とにかく毎日触れるようにしながら、修行のように毎日夜中3時ごろまで勉強に勤しみました。(その会社で、TOEFLの点数に応じてそれなりの報奨金が出たこともあり、当時社宅住まいの貧乏社会人の原動力だった。)

そんな生活を1年ほど続けて、英語がスッと頭に入ってきたのを実感した時、「なんか飛び抜けたな」と感じた。ある一定期間シャカリキになって勉強していくと、突然外国語能力が「ググッ、ガーン」と突き抜けたようになります。(この感覚の表現は難しい)

私は人より要領が悪いので単純に人の2倍時間をかけて勉強すればいいんだ、とある程度外国語学習の方向性も見えました。

その後、コロンビアでのプロジェクトが開始されると発表があり、
「まあ自分には関係ないでしょ、コロンビアって南米のどこだっけ、何語?アメリカ大陸だから英語通じるんでしょ。」

とか適当なこと言ってました。恥ずかしい…

そのあと、突如人事担当の役員に呼ばれた。
なにか調達でしくじったかな、やばいクビかな、と思っていたが、

「コロンビアのプロジェクトのために、現地で調達の担当が必要だ。君は健康そのものだし、調達部員としての能力も10年選手に負けないくらいだ。なので、4か月後から3年を目途にコロンビア共和国に派遣する!」

頭真っ白でした。当時付き合っていた人もいたし、困ったなあ、と思っていたら、

「明日から仕事はいいからとにかく勉強してくれ。コロンビアはなぁ、仕事以外では英語あまり通じないんだ。スペイン語マスターしないと生きていけないから、頑張ってね♪」

なにいってんだこいつ?と思いましたが、ちょっと楽しそうだったのでその場でOKしました。

その日から仕事そっちのけでスペイン語の勉強を始めました。
今思えばすごい待遇だったと思います。勉強しているだけで給料もらえるのですから。
とにかく時間ないので、ウルトラ詰め込み教育を敢行しました。

  • 生活をコロンビア仕様にする(無駄にコーヒー飲んだり、PCの設定を全部スペイン語にするなど)
  • 自分の持ち物をコロンビア製品にしてみる。
  • 一日14時間学習(とにかく参考書を音読しまくる、付属CDを聞きまくる、無料の学習アプリで喋りまくる、作文しまくる、など)
  • 会社への連絡以外でスペイン語以外を使用したら「休憩なし」の罰則を設ける。
  • 精魂尽き果てかけた時に、「ワンモア運動」を行なう。(ワンモア=もう一度復習)
  • Youtubeのコロンビアニュースを見て社会情勢学習&アナウンサーの速度を真似する。

今思うとアホだなと思います。
4ヶ月、こんなことよくやりましたね。家から出ずに仙人のような生活をしていました。代償は、当時付き合っていた人との別れです。
辞令内示が3月終わりだったので、
とりあえず5月と7月にDELEのB2とC1の試験を受けることにしました。(最低限B2だろう!出国までにC1取れたらいいね、と思ってあんまり調べずに申し込みしました)

修行僧生活のおかげで、DELEB2の試験を受けた時、思った以上にスラスラできて確信的手ごたえを感じたので、自分がやってきたことは間違えてない!と妙な自信をもって勉強に取り組むことができました。7月のC1試験おわって、これでコロンビアでも生きていける!と手ごたえ抜群でした。合否とかどうでもよかったので、試験の一日後にコロンビアへ。

コロンビアのエル・ドラード空港に着いて、入管で「Siga!」と言われて、何だろうと思っていたら、「Next!」の意味だと初めて知り、「驕り高ぶりスペイン語付け焼き刃日本人」の出鼻を見事にくじいてくれました。ショック大きかった…。

2~3日して、会社から「健康診断を受けてくれ」と通達が来たので、
外務省おすすめの病院&会社指定の病院…は遠くて行く気がせず、近場のクリニックを受診することに。

そこで、
「予約された●●先生が今日お休みなので、■■先生が代わりに健診を行ないます。」

と言われて代理で健診をしてくれたのが、今の奥さんです。

IDカードを見て、「日本人なんですね、私今度日本に行こうと思っているんですよ」と言われてから話が盛り上がり、旅行の相談受けますよ、日本語の勉強お手伝いできますよ、というところから交流が始まりました。

お互いだんだん惹かれてきて、私もさらに必死にコロンビアのスペイン語を勉強しました。誰かに私の思いや考えを伝えたい、という純粋な気持ちからの努力は上達をより速めてくれますね。

駐在から2年の間に大学院でMBAコースを修了し、いろいろと考えることがあって、プラントエンジの会社を退職して名古屋の外資系企業1年ちょっと働きました。(この会社もアットホームでいい人ばかりで忘れられません)
その後、大学時代の親しい友人が創業した会社の南米担当としてコロンビアへ再びやってきました。そこで、奥さんとコロンビアで結婚して何とかやってきています。

あまりまとまりはありませんが、ざっくりこんな感じでスペイン語と南米に出会い、現在もお世話になっています。人生何があるか本当にわかりません。

経理部で腐らず頑張っていたら…
駐在を断っていたら…
一生懸命スペイン語を勉強してなかったら…
会社の意向にしたがって健診していたら…

この経験はいまでも自分の原動力と自信につながっているので、オールオッケーだと信じながらコロンビア生活をもっと楽しんでいきたいと思います。


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kei
  • kei
  • 群馬県高崎市出身。第二の故郷は名古屋市。
    貿易会社の南米支社長。公認会計士(日米+コロンビア)。
    都内の大学卒業後、プラントエンジニアリング会社へ入社。そこでコロンビアプロジェクトの一員としてボゴタに駐在することに。コロンビアに惹かれる。コロンビア駐在中にMBA取得。駐在修了後、名古屋の外資系企業の財務Mgrとして勤務するが、大学時代の友人に誘われ、貿易会社の南米担当としてコロンビア移住を決断。現在はボゴタでコロンビア人の奥さんと生活中。趣味はコロンビア料理、読書、ダンス

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